前回のコラムでは,不動産賃貸借契約にまつわる注意点と民法(債権法)改正による不動産賃貸借への影響についてお話をしました。
前回のコラムでも解説しましたように,賃貸借契約の存続期間の途中で不動産を売却しても、賃借人が対抗要件を備えている場合には、賃貸人としての地位も不動産の譲受人に移転し、それまでの賃貸人は賃貸借契約の当事者ではなくなります(大判大正10年5月30日,改正債権法法案605条の2第1項)。
ここでいう「賃借人が対抗要件を備えている」というのは,不動産賃借権の登記することのほかに,賃借人が目的不動産の引渡しを受けていることも含みます(借地借家法31条)。
したがって,あえて賃借人に立ち退いてもらう必要はありません。
もっとも,不動産の買主が自分で居住することを予定しているときや建物が老朽化していて建て替えや敷地の有効活用をしたいときには,賃借人に立ち退いてもらう必要があります。
それでは、どのような場合に立ち退きが認められるのでしょうか。
まず,賃貸借契約において,賃借人である居住者に賃料不払いや建物用法遵守義務違反など債務不履行があり、当該債務不履行が賃貸人・賃借人間の信頼関係を破壊する程度であれば、賃貸人は契約を解除して立ち退きを求めることが出来ます。
これに対して,債務不履行による解除ではなく、期間満了によって契約更新を拒絶することもできます。
しかし,期間の定めのある建物賃貸借契約について,借地借家法では,賃貸人が賃貸借契約を更新しない場合には,入居者に対して契約期間満了の1年前から6か月前までの間に更新拒絶の通知をして,その更新拒絶には「正当事由」が必要であるとされています(借地借家法28条)。
「正当事由」について少し詳しくお話ししますと,㋐賃貸人賃借人双方の建物使用の必要性については,老朽化による建替えの必要性や,入居者が高齢や病気などで引っ越しが困難など継続使用の必要性を比較することになります。この点については,賃貸人側で,入居者の負担が少なく引っ越しができる代替建物を紹介することでスムーズな立ち退きを進めることが考えられます。
㋑借家に関する従前の経過は,当初の契約締結からこれまでの期間の長短,入居者の債務不履行の有無などです。
㋒建物の利用状況は,事業用か非事業用か,実際に居住しているか,などです。
㋓建物の現況は,老朽化の程度,修繕の必要性とその費用などです。構造が木造か、建築基準法に適合しているか、耐震基準を満たしているかどうかも重要なポイントです。
最後に,㋔財産上の給付をする旨の申出というものが,いわゆる立ち退き料にあたります。しかし,立退き料を払えば,入居者に立ち退きを要求できるわけではありません。あくまで最終的に「正当事由」を補う要素にすぎません。
近年の裁判例では,立退料の支払と引換に賃貸借契約解除,建物明渡請求が認められた事例があります(東京地方裁判所平成25年12月11日,事業用建物につき東京地方裁判所平成25年6月14日)。もっとも,いずれの事例も建物が老朽化していたり,早急に耐震補強が必要であったという事情がありましたのでご注意ください。
なお,賃料を滞納して任意の明渡しにも応じない賃借人を契約解除して退去してもらうにはどのような方法が必要でしょうか。
賃借人が任意の明渡しに応じない場合には,裁判所に建物明渡しと未払い賃料及び明渡しまでの使用料相当の損害金を請求する訴訟を提起します。
賃料を滞納しているといえども,賃借人の同意を得ずに勝手に鍵をかえて追い出す,居室内の動産を勝手に処分することはできません(自力救済の禁止)。
訴訟において,賃料滞納により当事者間の信頼関係はすでに破壊されていると認められ、賃貸人の請求を認容する判決を出してもらって,ようやく強制執行に取り掛かることができます。
明渡しを命じる判決に基づいて強制執行するには,まず,裁判所に判決が執行力を有することを証明する文(執行文)を付与してもらい,判決が賃借人に送達されたことを証明する送達証明を裁判所から付与してもらい ,強制執行の申立てを裁判所に行います(民事執行法25条、29条)。申立てには、執行官への手数料として予納金(基本金額6万5000円)が必要です。
申立てがあると,執行裁判所は通常,強制執行を実行する日までに任意で建物を明け渡すように明渡し催告を行います(民事執行法168条の2第1項)。
賃借人が明渡し催告にもかかわらず建物を明け渡さない場合は,執行官が立ち合いのもと,専門業者がカギを開錠,家具や荷物を強制的に運びだします。これを「断行」といいます。これらの搬出にかかる費用(一般的に30万円~50万円程度)は,強制執行を申し立てた者が負担します。
以上のように所有する不動産を賃貸すると,簡単に立ち退きを求めることはできませんし,強制執行によって立ち退きを求める場合でも多くの時間と費用を費やすことになります。
不動産を賃貸する場合には、立ち退いてもらうときのことをも考え、活用方法を慎重に検討することが大切ですね。
以上
この記事を書いた人
吉山 晋市(よしやま しんいち)
弁護士法人みお綜合法律事務所 弁護士
大阪府生まれ 関西大学法学部卒業
弁護士・司法書士・社会保険労務士・行政書士が在籍する綜合法律事務所で,企業法務,不動産,離婚・相続,交通事故などの分野に重点的に取り組んでいる。
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