個人が保証人になる場合の保証人保護
平成29年の民法(債権法)改正より前にも,保証人の保護に関する改正が実施されています(平成16年改正)。
保証人が、自身が負担する上限額等に何ら制限もなく主債務者の貸金債務について保証契約した場合,「まさかそんな大きな金額を保証することになるとは予測していなかった」「こんなに長期間保証しなければならないとは思っていなかった」という事態になりかねず,保証人の保護に欠けます。そこで,平成16年の改正では「貸金債務を個人が」保証する場合には,保証契約は書面による必要があり,かつ,保証人が負担する最大限度額を契約で定めることが必要とされ,これらを定めなければ保証契約は無効とされました。
これにより保証人は、保証契約をするにあたり将来負担する最大限の金額について認識したうえで契約することが可能となり、保証人の保護になります。
平成29年の民法(債権法)改正では,貸金債務に限らず,一定の範囲で生じる不特定の債務の個人保証(個人根保証)まで範囲を拡大し、個人保証人を保護することになりました。
不動産賃貸借契約において,個人が賃借人の保証人になることは,将来の未払い家賃や用法遵守義務違反による損害賠償など不特定の債務を保証することになるので、上記の個人根保証に該当します。
そのため賃貸人は、保証契約にあたり、賃借人の保証人が負担する最大限の金額である「極度額」を書面や電磁的記録で定めておかなければ保証契約は無効となります(改正民法465条の2)。
なお,いわゆる保証会社のような法人が借主の保証人になる場合には、極度額の定めは不要です。なぜなら,保証会社は保証人に関する経済状況について情報収集が比較的容易であり、保証人になるかどうかは借主の経済的信用を評価したうえでの経営判断になるからです。
極度額の定め方
では,賃借人の保証人が負担する最大限の金額である極度額は、どのように定める必要があるのでしょうか。
この点について改正民法(債権法)では文言上明らかにされていませんが,具体的に「〇〇円」と定めるべきと解されています。具体的な金額を定めておかなければ,借主の保証人が負担する最大限の金額を予測できないからです。
しかし,貸主の立場からすれば,賃借人の未払い家賃やそれに対する遅延損害金,用法遵守義務違反があった場合の損害賠償など,将来保証人に請求をする可能性のある具体的金額を定めることは容易ではありません。,極度額を少なく見積もってしまうと、保証人から十分に回収できなくなるおそれもあります。
一方、例えば一般的なアパートやマンションの一室の賃貸借契約において賃借人に生じる債務を保証するにあたって極度額を「1億円」と設定するなど、通常想定される債務より著しく高く見積もることはどうでしょうか。
極度額の上限を定めた規定もありませんが,あまりに過大な極度額を定めることは、実質的に極度額を定めていないのと変わりません。
そのため,過大な極度額を設定することは、公序良俗に反して無効とされる可能性がありますので注意が必要です。保証契約が無効となると,貸主は保証人に対して、一切請求できなくなります。
賃貸人にとっては、適切な極度額を定めることが重要となります。
保証範囲の確定
個人根保証において主たる債務の元本が確定するのは、以下の場合とされました(改正民法465条の4)。
①保証人の財産に対して、強制執行などの申立てがされたとき。
信用が破綻したと定型的に認められ、それ以降に発生する債務まで負担させることは酷であることから,元本が確定するとされました。
②保証人が破産手続開始決定を受けたとき
破産手続において保証人の負債を確定する必要がありますし,保証債務の履行が期待できないので元本が確定します。
これに対して,賃借人が破産しても賃料の滞納がない限り賃貸借契約は続きますので、元本が確定することはありません。
③賃借人または保証人が死亡したとき
個人根保証契約は賃借人と保証人との信頼関係に基づくものであり,賃借人の相続人と保証人との間での信頼関係は希薄であることが多いでしょう。そこで,賃借人が死亡した場合には元本が確定されるとされました。
財産状況の説明
事業のために賃貸借契約を締結し,その賃貸借契約に個人保証人を つける場合には、賃借人(保証委託者たる主債務者)は、下記の事項について保証人に対して説明する義務を負うとされました(改正民法465条の10)。
①賃借人の財産及び収支の状況
②主債務以外に負担している債務の有無,額,履行状況
③主債務の担保として提供しているものの内容
賃貸人の立場で注意が必要なのは,賃貸人が、賃借人の保証人に対する説明をしていない、あるいは説明が虚偽であることを知ることができたとき、個人保証人は保証契約を取り消しできるとされた点です(同条2項)。
賃貸人としては,保証契約取消し予防のために,賃借人に対して賃貸借契約書に財産状況の説明内容を明記させ,保証人に確認の上、署名、押印してもらうことが必要です。
履行状況の説明
個人根保証において、保証人が債権者に対して主たる債務の履行状況に関して情報提供を求めた場合、債権者はこれに応じなければなりません(改正民法458条の2)。
この場合、保証人が法人、個人であるかを問いません。これは主債務者が主債務について債務不履行に陥っているにもかかわらず、保証人が当該事情を知らないために、保証債務が拡大することを防ぐことが目的だからです。
賃貸借契約の場合、保証人から賃借人の賃料支払状況について問い合わせがあった場合,賃貸人は賃借人の賃料支払状況及び滞納状況について説明しなければならず、個人情報であることを理由に回答を拒否できません。
賃貸人が当該情報提供義務に違反したとしても、改正民法に罰則は規定されていませんが,家賃滞納の情報を提供しなかったことで保証人の損害が拡大した場合には、損害賠償の問題になる可能性はありますので注意が必要です。
以上、不動産賃貸借における保証契約の場面に関する主な改正点について、解説してまいりました。今回の改正は新たに設けられた規定も多いです。
賃貸人の立場からは、賃貸借契約に個人の保証人をつける場合には、契約書の文言、すなわち極度額の記載の有無、賃借人の財産状況の記載欄が設けられているかなど、改正民法に対応できているかどうか検討が必要です。
賃借人としても、賃貸人から保証をつけることを求められた場合には、保証人に対して財産状況を説明しなければならず、虚偽の説明をした場合には、賃借人、保証人双方から損害賠償を求められかねないので注意が必要です。
また保証人としては、債権者に対して賃貸借契約の履行状況を確認することができ、自らの保証リスクを低減することが可能です。
それぞれの立場で、民法改正により受ける影響が異なりますので、この機会に確認していただく必要があるかと思います。
以上
この記事を書いた人
吉山 晋市(よしやま しんいち)
弁護士法人みお綜合法律事務所 弁護士
大阪府生まれ 関西大学法学部卒業
弁護士・司法書士・社会保険労務士・行政書士が在籍する綜合法律事務所で,企業法務,不動産,離婚・相続,交通事故などの分野に重点的に取り組んでいる。
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