前回のコラムでは,不動産賃貸借契約において賃借人の退去と退去に伴う費用(いわゆる立ち退き料や明渡費用)についてお話をしました。
売買契約は当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約束して,相手方がこれに対してその代金を支払うことを約束することによって成立する契約です(民法555条)。簡単に言うと,お金を支払ってモノを引き渡してもらう契約なので,コンビニやデパートなどの買い物も普段は意識することはありませんが,法律的にみると,当然,売買契約にあたります。
このように日常生活にありふれた売買契約ですが,コンビニやスーパーでの買い物でいちいち契約書を作成することはありませんよね。民法555条が規定しているように,モノを渡す,代金を支払うことを口頭で「約束」すればいいので,契約書を作ることは契約成立のための要件とはされていないからです。このような契約を「諾成契約」といいます。
そのため,普段の生活でなかでモノを売ったり買ったりする際には売買契約書を作成することはありません。
ところが,不動産は売買価格も高額になりますし,土地の面積や建物の状況などを売り主,買い主それぞれが確認したうえで合意したことを書面で残しておくことが将来の紛争を予防する手段になります。そこで,不動産売買契約については一般的に契約書が作成されることになります。
不動産売買契約で問題になりやすい,注意すべき点はどのような点でしょうか。
まず,土地の境界があります。土地を売買する際には,買い主と隣地所有者との間で境界に関する争いが生じることを防ぐために,売り主が境界を明示しておくことが求められます。境界標がきちんと打たれているのであれば問題ありませんが,境界標がなく隣地所有者との暗黙の了解でフェンスなどが設置されているだけですとあとから問題になる可能性が大きいので注意が必要です。
つぎに,土地の対象面積について,契約書に記載した面積よりも広かった,狭かった,という問題が生じることがあります。そのため,対象面積を登記簿に記載されている面積としたうえで,実測面積と齟齬があったとしても代金の精算を行わないことについて合意をしておけば,費用のかかる測量をする必要もありませんし,あとから代金の増額,減額という争いも防ぐことができます。
不動産売買契約書で一般の方にはなじみのない用語として「危険負担」というものがあります。
これは,売買契約を締結した後,物件を引き渡すまでの間に,目的不動産の滅失や損傷したときの“危険”つまり“リスク”を売り主,買い主のどちらが負担するかという問題です。
売り主の過失で火事が起きて建物が滅失したときには売り主が“リスクを負う”,つまり買い主に代金を請求できなくなります。反対に,買い主が何らかの事情で故意で建物を滅失させた場合には,買い主が“リスクを負う”,つまり目的不動産が滅失しても買い主は代金を支払わなければならないことになります。
滅失や損傷の原因が売り主にも買い主にもない,第三者による放火や天変地異などの不可抗力による場合はどうなるのでしょうか。
これを定めたのが「危険負担」の条項になります。現行の民法では,(滅失した)不動産の引渡しを請求できた,つまり,引渡請求権という債権を持つ買い主(債権者)が“危険を負担する”,債権者主義を規定しています(民法534条1項)。
しかし,この規定は任意規定で,当事者の合意によってこの規定と異なる内容で契約することも可能です。
そのため,不動産売買契約書を締結する際には不可抗力で目的不動産が滅失,損傷した場合にどちらがそのリスクを負担することになるのか,十分確認しておく必要があります。
以上のように,不動産の売買は金額も高額になりのちのち争いになることも多いですし,不動産売買契約書には今回ご紹介した用語以外にも一般の方には難解なものが多々あります。そのような条項について,十分理解しないまま契約書に署名押印して,あとから「そんなつもりはなかったのに」とか「そんなこと知らなかった」と言っても後の祭りです。
不動産売買契約書に署名押印するときにはきちんと理解してからハンコを押すように慎重に対応することが大切ですね。
この記事を書いた人
吉山 晋市(よしやま しんいち)
弁護士法人みお綜合法律事務所 弁護士
大阪府生まれ 関西大学法学部卒業
弁護士・司法書士・社会保険労務士・行政書士が在籍する綜合法律事務所で,企業法務,不動産,離婚・相続,交通事故などの分野に重点的に取り組んでいる。
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